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2008.09.29 (Mon)

喧々囂々と侃々諤々

喧々囂々(けんけんごうごう)・・・発言が多くてやかましいさま。たくさんの人が口々にやかましくしやべる様子。
侃々諤々(かんかんがくがく)・・・何の遠慮もせず盛んに議論すること。


なので、
「司会者の失態が原因で、場は喧々囂々、収拾のつかない状態になってしまった」
「大学の教授たちは酒宴の席で、夜通し侃々諤々、自分の専門分野について議論していた」

などのような使い方です。


喧々囂々と侃々諤々は似通った言葉なので、二つは混同されてしまいがちで、その誤用から、
「喧々諤々(けんけんがくがく)」という言葉も生まれてしまいました。
どちらかといえば、喧々囂々と同じような意味です。

分かりましたか?
それでは。


↓↓犬犬ゴーゴー!!↓↓
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23:19  |  国語  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2008.08.01 (Fri)

「よく起きること」は全然起きない

 現代を生きる日本人は、現代の日本語について、他のどの言語を母語にもつ人々よりも、日本語のプロフェッショナルであるはずです。そうでなければいけません。欧米諸国の言語学者に、日本人よりも日本語をよく知っている人がいては、こちらの顔が立ちません。
 しかし、プロフェッショナルでも、間違うことはよくあることです。弘法も筆の誤り、河童の川流れ、猿も木から落ちる、などと言いますが、まさにその通りです。
 そして、私たちは、「よくある間違い」「珍しい間違い」というようなものに分類してしまいますが、果たして、それは正しいものなのでしょうか。
 ここでは、「言い間違う」ということを例にみていきましょう。
 まず、一般的に「よくある間違い」と言われるような事柄を見ていきましょう。夜に朝の挨拶をする、といったような時間的錯誤による間違いや、カタカナ語を言い間違う、など、「噛む」という行為などが挙げられます。
 そして、「珍しい間違い」ですが、たとえば、「二つの言葉が混ざってしまう」や、「イメージだけで、もととは全く違う言葉を放ってしまう」などというようなものがあります。
 しかし、これらの分類は本当に正しいのでしょうか?
 つまり、本当に夜に「おはようございます」と言ってしまうことがよくあることであり、「チンピラをキンする」(←金平をチンする)と言ってしまうというようなことは、本当に、稀なことなのでしょうか?
 そう考えると、疑わしいことですね。一般に、「よくある」と言われていることは、あまりないような気がします。そして、後者のような間違いの方が、聞くことが多いのではないのではないでしょうか?
 
・・・といろいろと書きましたが、本当にそう思います。
それにしても、日本語って、難しいことも多いですね。

「富がヘンザイする」

と言われても、意味は掴めません。

富が、「あちこちに遍く(あまねく)存在している」(「遍在」)ということなのか、
富が、「偏って存在している」(「偏在」)ということなのかは、理解しかねます。

後者の方が、よく言われるかな、というくらいで、本当にどちらの意味なのかは、わかりません。

「偏在」と「遍在」、漢字もよく似ており、発音は全く同じ。しかし、意味は殆ど逆。本当にややこしいですね。


「人見知り」と「顔見知り」というのも、逆のような意味ですね。
「人見知りの犯行」と言われても、すぐに違和感を感じることができないかもしれません。
これ、どんな犯行ですか?


日本語って、やっぱり複雑ですね。



↓↓日本語が複雑だと思った方は下をクリック↓↓
21:43  |  国語  |  TB(0)  |  CM(2)  |  EDIT  |  Top↑

2008.06.25 (Wed)

酒の肴に魚の鮭

日本語って難しいですね。

私は「『ら』抜き言葉」がどうしても気に入らないので、それに対してはとても敏感なのです。

次の言葉の中から、「『ら』抜き言葉」でないものをすべて選んでみてください。
「食べれる」
「蹴れる」
「来れる」
「喋れる」
「掛けれる」
「見れる」
「写れる」
「乗れる」


全部「『ら』抜き言葉」のようにも思えますが、日常生活でもどれも聞いたことのあるような言葉ですね。

「『ら』抜き言葉」でないのは、
「蹴れる」「喋れる」「写れる」「乗れる」
です。

他の言葉は、文法上では間違いです。
「食べられる」「来られる」「掛けられる」「見られる」
が正しい形です。

「来られる」は「尊敬」、「見られる」は「受身」の意味でしかあまり耳にしないような気もします。
しかし、「来ることができる」「見ることができる」の意でも、これを使うべきなのです。

「食べる」「掛ける」は下一段活用、「見る」は上一段活用、「来る」はカ行変格活用です。

「られる」は、上一段活用、下一段活用、カ行変格活用
「れる」は、五段活用、サ行変格活用

に接続します。

ちなみに、「蹴られる」「喋られる」「写られる」「乗られる」という言い方もありますね。

どういうことだか分かりますよね?

「蹴る」「喋る」「写る」「乗る」は、すべて五段活用の動詞です。
五段活用の動詞には、特徴がありましたね。
「可能動詞」が作れることです。

「可能動詞」は、五段活用動詞を下二段活用化させるとできます。

「蹴れる」「喋れる」「写れる」「乗れる」は、すべて可能動詞の意味で、それぞれ、
「蹴ることができる」「喋ることができる」「写ることができる」「乗ることができる」の意味です。

それに対し、これは、ラ行の五段活用動詞です。「蹴る」を例にとると、未然形は、「蹴ら」「蹴ろ」の二つです。
「れる」は、五段活用では「蹴ら」というア段音に接続されるので、「蹴られる」ということになります。

これにも、「蹴ることができる」という意味はありますが、そのような意味では使いませんね。
「尊敬」「受身」の意味で使います。
他も同じです。「喋られる」も「写られる」も「乗られる」も、可能の意味ではあまり使いませんね。
可能の意味では、可能動詞を使うのが普通なのです。


ここで、思ったことがあります。
関西弁です。

「書かれへ~ん」
なんですね。
「書けない」ではなく、「書かれない」なのですね。

先ほど、「可能動詞ができる動詞は、可能動詞を使うのが普通」と言いました。
でも、これ、可能動詞が使えるにも関わらず、可能動詞を使わず、「れる」を使った表現ですよね。

なぜこうなるのでしょうか?

わかりません。

教えてください。
20:08  |  国語  |  TB(0)  |  CM(4)  |  EDIT  |  Top↑
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