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2009.05.13 (Wed)

5/12論理の難問解答

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それでは、虱潰しは気の遠くなるような前回の問題です。

問.ナナ、ニニ、ヌヌ、ネネの4人がいて、2人が犬を飼っている。また、4人のうち2人が猫を飼っている。犬か猫の片方だけを飼っている人がいるならば、その者は嘘を語る。どちらも飼っていない者や、両方飼っている者がいるならば、その者は真実を語る。
ナナ「ニニは犬を飼っている」
ニニ「ヌヌは犬を飼っていない」
ヌヌ「ネネは犬を飼っている」
ネネ「ナナは猫を飼っている」

誰が何を持っているでしょうか?


発想の転換が必要ですね。

それでは解答です。

(解答)
犬と猫の組み合わせは、次の三通りある。
(i)犬を飼っている人は二人とも猫も飼っている
(ii)犬と猫の両方を飼っている人は一人だけ
(iii)全員一種類ずつ飼っている


(i)のとき、全員真実を言っていることになるが、この場合、

ナナ:猫
ニニ:犬
ヌヌ:
ネネ:犬

となり、矛盾。

(ii)のとき、二人が真実を語り、二人が嘘を語っている。このとき、誰が二種類とも飼っていても矛盾。


(検討)
[I]ナナが二種類とも飼っているとき、
・ネネは真実を語っているので、何も飼っていない
よって、ニニとヌヌは一種類ずつ飼い、嘘を語っている。
このとき、

ナナ:犬・猫
ニニ:犬
ヌヌ:犬
ネネ:

となり矛盾。

[II]ニニが二種類とも飼っているとき、
・ナナは真実を語っているので、何も飼っていない
よって、ヌヌとネネは一種類ずつ飼い、嘘を語っている。
このとき、

ナナ:
ニニ:犬・猫
ヌヌ:
ネネ:犬

となり、猫を飼う人はいなくなる。よって、矛盾。

[III]ヌヌが二種類とも飼っているとき、

ナナ:
ニニ:
ヌヌ:犬・猫
ネネ:犬

このとき、何も飼っていない、つまり、ナナが真実を語っているとしても、ニニが真実を語っているとしても、矛盾が起きる。

[IV]ネネが二種類とも飼っているとき、
・ヌヌは真実を語っているので何も飼っていない
よって、ナナとニニは一種類ずつ飼い、嘘を語っている。
このとき、

ナナ:猫
ニニ:
ヌヌ:犬
ネネ:犬・猫

となり、矛盾。


よって、条件を満たすのは(iii)のときである。

このとき、全員が嘘を語っているので、

ナナ:犬
ニニ:猫
ヌヌ:犬
ネネ:猫

となる。


(検討)のところは、まあ読んでおいてください。

それでは。

↓↓論理は面白い↓↓
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2009.05.12 (Tue)

論理!解答篇

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前回の問題の前に、今回の問題を提示しておきます。
問.ナナ、ニニ、ヌヌ、ネネの4人がいて、2人が犬を飼っている。また、4人のうち2人が猫を飼っている。犬か猫の片方だけを飼っている人がいるならば、その者は嘘を語る。どちらも飼っていない者や、両方飼っている者がいるならば、その者は真実を語る。
ナナ「ニニは犬を飼っている」
ニニ「ヌヌは犬を飼っていない」
ヌヌ「ネネは犬を飼っている」
ネネ「ナナは猫を飼っている」

誰が何を持っているでしょうか?


虱潰しは疲れますよ。




それでは、前回の問題です。

(1)
美術大学生の綾、茜、宏史の三人は、資料としてデパートでピカソ(4万円),ゴッホ(3万円),モネ(2万円)の複製の3点うち、それぞれ1点か2点を選んだ。
選んだものの組み合わせは全員違い、また、一人で同じもの2点を選んでもいない。

綾「茜はピカソを選んだ」
茜「宏史はモネを選んだ」

このどちらの発言も、自分の選んだものより合計金額高い組み合わせのものを選んだ人に関する発言なら嘘であり、そうでなければ真実である。


三人の選んだものの合計金額が14万円のとき、三人はそれぞれ何を選んだのでしょう?


(2)
水戸黄門の劇に出演する文左衛門、五右衛門、銅鑼右衛門の3人がいる。
このうち1人は、この劇で主演の黄門様を務め、彼は役になりきってしまっている。
(つまり、たとえば太郎という人が主演なら、太郎の発言「私は太郎です」は嘘となり、「私は水戸黄門です」は真実である。)
しかし、役になりきっている人が存在していることを、主演でない2人は知らない。
常に嘘を語るウソつきが1人いて、これは主演かもしれないし、そうでないかもしれない。
残り2人は真実を述べている。

A「私は文左衛門ではない」
B「私は文左衛門ではない」「Cは五右衛門だ」
C「Aは銅鑼右衛門だ」

さて、誰が誰でしょう?


それでは、追記部分に答えです。




↓↓ホンワカメパッパ?↓↓
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2009.05.11 (Mon)

RONRI !

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前回の問題です。

(1)
美術大学生の綾、茜、宏史の三人は、資料としてデパートでピカソ(4万円),ゴッホ(3万円),モネ(2万円)の複製の3点うち、それぞれ1点か2点を選んだ。
選んだものの組み合わせは全員違い、また、一人で同じもの2点を選んでもいない。

綾「茜はピカソを選んだ」
茜「宏史はモネを選んだ」

このどちらの発言も、自分の選んだものより合計金額高い組み合わせのものを選んだ人に関する発言なら嘘であり、そうでなければ真実である。


三人の選んだものの合計金額が14万円のとき、三人はそれぞれ何を選んだのでしょう?


(2)
水戸黄門の劇に出演する文左衛門、五右衛門、銅鑼右衛門の3人がいる。
このうち1人は、この劇で主演の黄門様を務め、彼は役になりきってしまっている。
(つまり、たとえば太郎という人が主演なら、太郎の発言「私は太郎です」は嘘となり、「私は水戸黄門です」は真実である。)
しかし、役になりきっている人が存在していることを、主演でない2人は知らない。
常に嘘を語るウソつきが1人いて、これは主演かもしれないし、そうでないかもしれない。
残り2人は真実を述べている。

A「私は文左衛門ではない」
B「私は文左衛門ではない」「Cは五右衛門だ」
C「Aは銅鑼右衛門だ」

さて、誰が誰でしょう?


それでは、答えです

・・・となると思ったら大間違いです。
もう一日引っ張ります。

だって、ドラえもんですから。


↓↓2112年9月3日↓↓
21:37  |  論理学-math  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2009.05.09 (Sat)

論理的な力 論理問題の難問

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前回の問題は、そこまで簡単な問題ではありませんね。多くの状況を想定する必要があります。簡単だと感じられるならば、それはいいことです。



↓↓下に答え↓↓




↓↓下に答え↓↓



「100円玉5枚で払ったから」
とは、なんて簡潔な答えなのでしょう!
100円玉を5枚出して、「(400円の)Mサイズで」なんて言う状況は、まず考えませんね。

割り勘なら別ですが。
"Go Dutch"
400円くらいならそんなこともないか。


たまに、余計なことを考えて「馬鹿な」支払い方をしてしま(いそ)う(になる)こともあります。


例えば、910円のものを買います。しかし、100円玉、500円玉はありません。

1000円を払うと、90円のお釣り。
つまり、
10円玉4枚と、50円玉1枚です。

何とかして減らしたい。
そう考えて、頭をよぎる考えがこれ。

「お釣りを150円にしたら2枚だけで済む。よし、1060円払おう!」

大抵ここで「馬鹿」であることに気付くのですが、稀に1060円を取り出して、差し出して・・・
ということになってしまいます。

960円のものはできるだけ1010円払うようにはしているのですが。(勿論960円ぴったり払えないとき)

皆さんはどうでしょうか?



・・・という話はこの辺りで終わりに(といってもこれ以上続けられませんが)しておきます。

それでは、2題、どうぞ。

(1)
美術大学生の綾、茜、宏史の三人は、資料としてデパートでピカソ(4万円),ゴッホ(3万円),モネ(2万円)の複製の3点うち、それぞれ1点か2点を選んだ。
選んだものの組み合わせは全員違い、また、一人で同じもの2点を選んでもいない。

綾「茜はピカソを選んだ」
茜「宏史はモネを選んだ」

このどちらの発言も、自分の選んだものより合計金額高い組み合わせのものを選んだ人に関する発言なら嘘であり、そうでなければ真実である。


三人の選んだものの合計金額が14万円のとき、三人はそれぞれ何を選んだのでしょう?


(2)
水戸黄門の劇に出演する文左衛門、五右衛門、銅鑼右衛門の3人がいる。
このうち1人は、この劇で主演の黄門様を務め、彼は役になりきってしまっている。
(つまり、たとえば太郎という人が主演なら、太郎の発言「私は太郎です」は嘘となり、「私は水戸黄門です」は真実である。)
しかし、役になりきっている人が存在していることを、主演でない2人は知らない。
常に嘘を語るウソつきが1人いて、これは主演かもしれないし、そうでないかもしれない。
残り2人は真実を述べている。

A「私は文左衛門ではない」
B「私は文左衛門ではない」「Cは五右衛門だ」
C「Aは銅鑼右衛門だ」

さて、誰が誰でしょう?



それでは。

↓↓交通ルールは守りましょう↓↓
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2009.03.04 (Wed)

演繹定理

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モーレの定理の証明はもう少しお待ちを。

今日は演繹定理です。

ここに入る前に、まずはこれを。

三段論法というものはご存知ですよね?

PならばQである。
Pである。
よって、Qである。

というような証明法です。

これを記号で表すと、次のようになります。(環境によっては正しく表示されない可能性がございます)

((P→Q)∧P) ⊢ Q

ここで、
「→」は、「ならば」という「含意」
「∧」は、「かつ」という「論理積」
「 ⊢ 」は、「証明可能」
ということを表しています。

演繹定理とは、次のようなものです。
「P ⊢ Q」 → 「 ⊢ P → Q 」

つまり、 Pという論理式からQという論理式が証明可能であるのならば、仮定なしに「PならばQ」は証明可能である、ということです。


難しいですか?

これも証明をやらねば。

では。

↓↓がんばります!↓↓


21:49  |  論理学-math  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2009.01.15 (Thu)

1/14解答

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前回の問題です。
「ある銀河系にはn個の惑星が存在しており、どの2つの惑星間の距離も異なっている。
それぞれの惑星には、天文学者がおり、天文学者は自分のいる惑星との距離が一番近い惑星一つのみを観測する。
nが奇数ならば、どの惑星からも観測されない惑星が必ず存在することを示せ。」


鉄則の「アレ」です。
それでは解答です。

(証明)
数学的帰納法で証明する

(I) n = 1 のとき

明らかに成り立つ。


(II) n = k (kは奇数)のとき、題意が成り立つものとする。
このとき、n = k + 2 とすると、(k + 2) 個の惑星の中に、2惑星間の距離が他のどの2惑星間の距離よりも短い惑星の組が存在する。
この2惑星は、互いに観測し合っているので、この2惑星を除くと、残る惑星はk個であり、仮定より、n = k のときは題意が成り立つので、このとき、題意は成り立っている。
ここに、先ほど除いた2惑星を戻して考えても、題意は成り立つ。


以上 (I) (II) より、題意が成り立つことが示された。
(Q.E.D.)

数学的帰納法は素晴らしいものですね。
これを考えた人を尊敬します。

それでは。

↓↓数学的帰納法!↓↓
18:42  |  論理学-math  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2009.01.14 (Wed)

1/14問題

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さて、問題ですね。
問題はこちらです。
「ある銀河系にはn個の惑星が存在しており、どの2つの惑星間の距離も異なっている。
それぞれの惑星には、天文学者がおり、天文学者は自分のいる惑星との距離が一番近い惑星一つのみを観測する。
nが奇数ならば、どの惑星からも観測されない惑星が必ず存在することを示せ。」


それでは。

nを見たら、「あの」証明方法ですよ。


↓↓やっていることは演繹法じゃないのか?↓↓
21:08  |  論理学-math  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2009.01.08 (Thu)

否定

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ま、ド・モルガンの定理の話になるんでしょうが。
ド・モアブルではありませんよ。以前紹介しましたが。


「P∧Q」の否定は、「¬P∨¬Q」 
「P∨Q」の否定は、「¬P∧¬Q」

ということですね。

「または」は「かつ」、「かつ」は「または」になります。


慣れたら簡単ですが、慣れないうちは意外と戸惑うかもしれません。


「僕は、パンでない朝ごはんは食べないか、お米を昼ごはんに食べる」

の否定はどうでしょうか?




「P∨Q」(または)の形式ですので、この否定は「¬P∧¬Q」です。

今回は、主語の部分は考える必要はありませんね。述部のみです。


P:パンでない朝ごはんは食べない
Q:お米を昼ごはんに食べる

だとすると、

¬P:パンでない朝ごはんは食べる
¬Q:お米を昼ごはんに食べない

であり、これを「かつ」で結べばよいので、

「僕は、朝ごはんにパン以外は食べ、昼ごはんにはお米を食べない」

ということになります。一応、「かつ」でつながれています。しっかり書けば、
「僕は、パンでない朝ごはんは食べ、お米を昼ごはんに食べない」
ですけど。

↓↓ですけど。↓↓



14:22  |  論理学-math  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2009.01.07 (Wed)

さあ、答えは?

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1の倍数でも2の倍数でもない自然数nが存在するとき、
n5 - m4 = 6 (ただし、mは自然数)
を満たす(n,m)の組をすべて求めよ。


さて、どうでしょう?この問題。

「?」ですよね。


実は、この答はなんでもいいのです。

「P⇒Q」と「¬P∨Q」は同値関係にある、ということは、初回でお話しいたしました。

意味として、「PならばQである」と、「Pでない、または、Qである」は同じだ、ということです。

上の問題は、

「『1の倍数でも2の倍数でもない自然数nが存在する

n5 - m4 = 6 (ただし、mは自然数)を満たす(n,m)の組が存在する』
この命題が真のとき、その(n,m)の組をすべて求めよ」


というように言いかえられます。

「1の倍数でも2の倍数でもない自然数nが存在する

n5 - m4 = 6 (ただし、mは自然数)を満たす(n,m)の組が存在する」
という命題が真という状況は、同値関係で言い換えると、

「1の倍数でも2の倍数でもない自然数nが存在しない
または
n5 - m4 = 6 (ただし、mは自然数)を満たす(n,m)の組が存在する」

という状況です。


ここから判断できるように、1の倍数でも2の倍数でもない自然数nは存在しないので、上の命題は真ということになります。

よって、P⇒QのPの部分が偽であるので、Qの部分はどうであってもいいのです。

(n,m)の組が、(1億,-3兆)であろうと、解なしであろうと、なんでもこの問題は正解です。

どうでしょうか?

そして、これも数学の答えなのです。

それでは。





↓↓解なし↓↓

21:06  |  論理学-math  |  TB(0)  |  CM(1)  |  EDIT  |  Top↑

2008.09.26 (Fri)

9/25解答

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問題1.船長様の命令です
問題2.二つのダイイング・メッセージ

前回の記事をご覧ください。
どこが間違いか分かりますよね?

結局、例の証明で証明できていることは、

「自然数は無限に存在する」

ということでしかありません。


つまり、下の証明をしていたのです。

自然数が無限に存在することの証明

(証明)
背理法で証明する。
自然数は有限個しかないとすると、
最大の自然数Mが存在する。

ここで、明らかにM>1であるので、
M2>M
であり、
自然数は乗法について閉じているので、
M2は自然数である。

しかし、これはMが最大の自然数であることに反する。

故に、自然数は無限に存在する
(Q.E.D.)



どうでしょう。「1が最大の自然数」を、「自然数は無限に存在する」に言葉を置き換えたくらいです。
これならしっくりくるでしょう?


昨日の証明は、「自然数は有限個しかない」ということを大前提に証明していたのです。
自然数は、無限に存在するものですよね?このことを忘れてはいけないのです。


分かりましたか?

それでは。

↓↓はい。↓↓
22:01  |  論理学-math  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2008.09.25 (Thu)

間違い探し ~すぐに見抜け!~

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問題1.船長様の命令です
問題2.二つのダイイング・メッセージ
速攻で間違いを見抜いてくださいね。
お願いしますよ。
友達に情報提供してもらいました。

1が最大の自然数であることの証明

(証明)
背理法で証明する。
1が最大の自然数でないとすると、
1より大きい最大の自然数Mが存在する。

ここで、M>1であるので、
M2>M
であり、
自然数は乗法について閉じているので、
M2は自然数である。

しかし、これはMが最大の自然数であることに反する。

故に、1が最大の自然数である。
(Q.E.D.)


それでは、スタート!!(もう既に気付いているとは思いますが)


↓↓速攻!!↓↓
22:53  |  論理学-math  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2008.09.24 (Wed)

鳩ノ巣原理を使う

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問題1.船長様の命令です
問題2.二つのダイイング・メッセージ
「言ってみれば当たり前」の鳩ノ巣原理、意外と奥が深いですね~


次のような問題もあります。

「一辺が3mの正方形の形をした畑に、木を植える。
木一本一本の間隔を必ず1.5m以上に保つとき、
畑には最大で何本の木を植えることができるか?」


ここでも、鳩ノ巣原理が有効です。




まず、感覚的に9本は植えることができそうだということは分かりますね?
実際に、四隅に4本を植え、それぞれの辺の中点に4本、そして、真ん中(対角線の交点)に1本植えると、1.5m以上の間隔をあけることができますね。


それでは、一度この正方形の畑を一辺が1mの正方形のブロック9つに分割してみましょう。
すると、1つのブロックに1本ずつ、木が配置されていますね。

10本目を植えると、鳩ノ巣原理より、その10本目がどこに植えてあろうと、どこかのブロックには2本の木が植えてあることになります。

一つのブロックは、一辺が1mの正方形の形をしているので、一番距離のある対角線の端と端を見ても、距離は√2≒1.41421356
ほどしかなく、1.5mに満たないことがわかります。

つまり、10本目を条件に合うように植えることは不可能だということです。


分かりましたか?

それでは。

↓↓鳩ノ巣が好き↓↓
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2008.09.08 (Mon)

9/6別解・平成教育学院

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問題1.船長様の命令です
問題2.二つのダイイング・メッセージ
問題:1~90の数字が書いてあるのくじが各1枚ずつ、全部で90枚あり、その中から5枚取り出す。それらを数字の小さい順に並べるとき、連続した数が出ないのは何通りか?

という問題の別解ですね。
一つ目の解答はこちらです。

それでは早速解きましょう。
(解答)
85枚の白いカードを並べる。
このとき、両端を含み、間は全部で86個ある。
この86個の間から、5個の間を選び、黄色いカードをそこに置く。

左から順番に1~90までの数字をカードに書いていく。
すると、黄色いカードに書いてある数字は、必ず連続した数字にはならない。

よって、答えは、86個の間から5個の間を選ぶので、

86C5(通り)
=34826302(通り)

となる。
黄色いカードであることには必然性はありませんが。
つまり、問題文をこう読みかえるわけです。
85枚の白いカードと、5枚の黄色いカードが一列に並んでいる。
それらのカードに、左側から順番に1~90の番号を書いていくとき、黄色いカードに連続した数字が書かれないのは何通りか?

その5枚の黄色いカードを、最初の問題での「取り出す5枚」と考えればいいわけです。

ということは、結局は、この問題はこういうことなのです。

85枚の白いカードと、5枚の黄色いカードを一列に並べる。
このとき、5枚の黄色いカードが隣り合わないのは何通りか?


なんだか表現が簡単になりましたね。
これならだれでも解けますね。

こういうことなのです。






8/7放送の平成教育学院において、下のような問題が出題されましたね。

「桃色のゴムが5本、黒色のゴムが2本、黄色のゴムが8本、袋の中に入っている。
この中から、無作為にゴムを取り出すとき、必ず同じ色のゴムが2本以上含まれるには、少なくとも何本のゴムを取り出せばよいか?」


これの考え方こそが、
鳩ノ巣原理
ですね。(上記リンク参照)

ゴムの色の数を「鳩小屋の数」、取り出すゴムの数を「鳩の数」と考えれば、

「今、鳩小屋が全部で3つ存在する。鳩小屋の1つは最高で5羽、また別の1つは最高で2羽、残る1つは最高で8羽まで鳩は中に入ることができる。2羽以上の鳩が入っている鳩小屋が必ず一つ以上存在するには、全部で少なくとも何羽の鳩がいればよいか。ただし、ここに存在する鳩は全ていずれかの鳩小屋の中に入る。」

というように考えられますね。

このとき、鳩ノ巣原理の考え方を用いると、答えは「4本(4羽)」である、ということはすぐに答えられますね。



すぐに答えられなかった方は、鳩ノ巣原理の考え方をもっと身につけましょう。
即答できた方は、もう鳩ノ巣原理の考え方は身についているはずです。自信を持ってください。


考えてみれば簡単な問題なのですが、頭を捻ってしまった方もいらっしゃるかもしれません。

当たり前のことでも、いざ問題にされると、思わぬ難問になるかもしれませんね。

それでは。

次回からは、また「関数」の話に戻ろうと思います。


↓↓別に鳩ノ巣でなくてもいいと思ったら↓↓
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2008.08.30 (Sat)

演繹法と帰納法

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疑問に思っていることなのですが、
「数学的帰納法」って、演繹の考えだと思いませんか?

ソクラテスの例が有名ですが、そうでない例を。

<演繹法>
一般的原理から論理的推論により結論として個々の事象を導く方法。

例:
ある芸人Aのネタはつまらない。
今見ているネタはAのネタだ。
よって、今見ているネタはつまらない。

<帰納法>
個々の事象から、事象間の本質的な結合関係(因果関係)を推論し、結論として一般的原理を導く方法。

例:
ある芸人Bのネタを一つ見てみたが、おもしろかった。
また別のひとつも見てみたが、これもおもしろかった。
よって、ある芸人Bのネタはおもしろい。


演繹法と帰納法は、一方の出発点が、もう一方の到達点となっており、逆の関係になっております。
一つ言えることは、帰納法で100%確実な結論を導くには、その対象のすべての場合について調べる必要があります。これが帰納法の弱点でもあります。

<数学的帰納法;>
有限回の議論で可算無限個の対象に対する命題を証明するための数学の論法です。
すべての自然数について、ある等式が成り立つことを証明するために、

例えば二つの整式P(n)とQ(n)について、
P(n)=Q(n) (n∈N)
を証明するために、

(i)n=1について等式が成り立つ
(ii)n=kについて等式が成り立つと仮定した時、n=k+1について等式が成り立つ

という二つの事柄が証明されれば、すべての自然数nについて、
P(n)=Q(n)
が成り立つ、ということが証明される、というものです。



(i)でn=1について等式が成り立つことが証明されているのですから、(ii)が証明された時点で、
n=1+1すなわちn=2についても等式が成り立つことが自然と証明され、そうすれば、n=3,n=4,n=5・・・のときも等式が成り立つことが証明される、ということです。


これ、明らかに演繹の考え方だと思いませんか?

先に全体の性質について証明してから、
「だから、個々の場合、n=1,n=2,n=3・・・についても成り立つ」
ということを証明しています。


それなのになぜ、「数学的帰納法」というのでしょうか?

甚だ疑問です。

↓↓そういえば疑問だなあ↓↓
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2008.05.29 (Thu)

間違い探し ~嘘を見抜け!~

世の中には詭弁(きべん)なるものが存在しますね。
もっともらしいけれども、実は間違えている理論です。それも、主に人を欺く目的で使われるものです。

次の理論のどこが間違えているか、わかりますか?

簡単なものから。

(1)甲と乙の会話。
「叱られるのが怖いのならば、悪いことをするのはやめなさい」
「僕は叱られるのは怖くないから、悪いことをしてもいいってことだね」

(2)
「何も知らないから人はこんな風に笑顔でいられるんだ。つまり、笑顔でいるやつは無知なんだ」

(3)甲と乙の会話。
「これ食べろよ」
「いらない」
「なぜ食べないんだ。嫌いなのか?」
「いや、嫌いではないんだけれども・・・」
「なら好きだってことだろ。食べろよ」

わかりますね。何が間違いか。

(1)は、「XならばYである。よって、XでないならばYでない」という構造です。
「魚ならば泳ぐ。よって、魚でないならば泳がない」と同じです。
明らかに間違いです。XとYが理論的に同値(X⇔Y)のときにしか成り立ちません。
「日本の首都は東京である。よって、日本の首都でないならば東京でない」は成り立ちます。

(2)は、「XならばYである。よって、YならばXである」という構造です。
逆は必ずしも成り立ちませんね。
「夏ならば暑い。よって、暑いならば夏である」
春にだって暑い日はあります。

(3)「XでないならばYである」という構造です。
「好き」と「嫌い」の二つしかないと決めつけてしまっています。
実際に、二つのうちどちらか片方しか同時に成立せず、また、必ずすべてはその二つのうちどちらか片方に属するという時には成り立ちます。
人間の場合ならば、「男でないならば女である」という論理構造と同じです。
しかし、「好き」と「嫌い」の場合は、その中間というべき、曖昧なものも存在します。
「嫌いでない」=「好き」は必ずしも成立しません。
「XでないならばYである」は必ずしも成立するとは限らないのです。

それでは、少し難しくなります。

(4)有名ですね。
先生「来週の月曜日から土曜日のうちの一日に、抜き打ちテストを一回だけ必ず行う。いつ行うか当日俺がテストを行う旨を発表するまでに、テストを行う日を当てることができたら試験は行わない」
生徒「それならば、テストは行えませんね」
先生「なぜだ?」
生徒「もし、金曜日までテストを行わなければ、土曜日だとすぐに分かってしまいます。よって、土曜日にテストを行うことはできません。すると、最後に行うことができる曜日は金曜日だということになりますが、そうすると、木曜日までテストを行わなければ、金曜日にテストを行うとすぐに分かってしまいます。よって、金曜日にもテストを行うことができません。そのように考えていくと、結局、どの日にもテストを行うことができないのです」

(5)
「髪の毛がn本の人はハゲである。また、たとえ一本増えてn+1本であったとしても、それもまたハゲである。また一本増えてn+2本でもハゲである。つまり、髪の毛が何本であってもハゲである。
よって、人類は全員ハゲである」



わかりましたか?

(4)後日、水曜日に抜き打ちテストが行われた。そのときの先生と生徒の会話。
生徒「今日は抜き打ちテストは行えないはずですよ」
先生「しかしお前はいつテストが行われるか、当てることができなかっただろう」
生徒「・・・・・」

こういうことですね。正しいのは先生のほうです。生徒は、「いつ行うにしても、予測できてしまうので、テストは行えない」という結論に達しました。テストは行えないと結論付けたのですから、テストが行われたとしたら、それは想定外の出来事。予測できるはずがありません。
生徒は詭弁を使っていたのですが、先生は見事にそれをかわしましたね。

(5)「ハゲ」というものは、本来髪の毛の量で定義されるものではありません。
同じ髪の毛の本数の人でも、円形脱毛症などはどうでしょうか?
また、髪の毛の太い人、細い人では、髪の毛の量が同じでも、見た目は全く違います。
「ハゲ」=「髪の毛がn本の人」と定義したのが、そもそもの原因です。

今日はこのくらいで。また間違い探しシリーズも行いたいと思います。

追記もご覧ください。
21:18  |  論理学-math  |  TB(0)  |  CM(1)  |  EDIT  |  Top↑

2008.05.27 (Tue)

vs.edi

詭弁対決?
そんなこと気にせず、次のやり取りをどうぞ。ただし、少しは簡潔にまとめております。また、不必要だと思われる部分は省略もしておりますので。
現実に忠実に書こうと思いますが、どうしても誤りや、認識の違いが出てくると思います。ちなみに、真実は、僕は30円は借りてなんかいませんよ。
ediさん、できればそちらのブログでもまとめていただけないでしょうか?ただし、できるだけ客観的に。主観を入れすぎないように。
それでは、ご覧ください。

(注)次の文章中の[Pen.]や、[edi]などは、固有名詞を示します。実際の会話では、本名で話しているところです。また、赤字がedi、青字がPen.の発言です。
「30円返せ」
「?」
「30円返せ」
「借りた覚えはない。だから返さない」
「じゃあ、Finaleを買ってくれると[Pen.]は約束した。(しかし、買ってくれる気配はない。)[Pen.]はそれも裏切ってかつ30円も返さない気か?」
「それなら君はSRPGツクール購入費を、([edi][038][TTTT]の)三人が500円で、僕だけ2500円なのはどういうことか?(ちなみに主に使うのは[edi])」
「公平だ」
「どう見ても不公平だ」
「じゃあ、他の二人に判断してもらおうか?」
「有利な立場にある当事者に聞いては意味がない」
「ならば[野比]に見てもらおう」
「まあそのほうがマシ(全くの第三者ではないのだが・・・)」
「で、30円返せ」
「何故?」
「夢の中で貸した」
「借りた覚えはない」
「でも貸した。返せ」
「夢の中の世界はあくまで夢であって現実ではない。今、この世界は現実だ。現実には借りた覚えはない。だから返す必要はない」
「この世界が現実とは限らないし、自分の見た夢こそが現実かもしれない。だから返せ」
「しかし、[edi]の見た夢もまた現実とも限らない。だから返さない」
ここで[Pen.]はなぜか『夢確かめ機』の話。
「結局、どれが現実で、どれが現実でないのかはわからない。よって、何も信じることはできない」
「ならば、[Pen.]が30円借りていないということも信じられない。30円返せ」
「しかし、[edi]の言っていることもまた信じられない。だから30円は返さない」
このあと、じゃんけんのやり取り。[edi]が最初はグーと言って終わる(もともとどうでもいい僕のネタ)。[Pen.]はそれを棄権とみなす。だから、返さなくてもいいと主張。[edi]は不戦勝と主張。意見が合わないのでもう一度今度こそじゃんけん。[edi]は[Pen.]の不意をつき勝利。しかし[Pen.]は、[edi]が勝てば[Pen.]が30円を払うなどと約束した覚えはない。少なくとも、承諾していないと主張。ところで、じゃんけんにお金を賭けるのは賭博罪だと[edi]。[Pen.]はこれは「一時の娯楽に供する物」でないかどうか考察。・・・というやりとり。その後、[edi]は、じゃんけんをあきらめ次の攻撃。
「[Pen.]は概念であって真実ではない」
「この場合の[Pen.]は、固有名詞ではなく普通名詞の抽象名詞のことか?」
「違う。固有名詞としての[Pen.]だ。[Pen.]なのだから、30円返せ」
「理由がまったくわからない」
「だから、[Pen.]だからだ」
「[Pen.]ならば払わなければならないのは何故?」
「[Pen.]は[Pen.]であって[Pen.]以外の何者でもないからだ」
「ならば、君は[edi]だから僕は君に30円を払う必要はない。なぜなら、[edi]は[edi]であって[edi]以外の何者でもないからだ」
「で、30円返せ」
「何故?」
「[Pen.]は概念であって真実ではないから。概念は30円を払うことはできない。また、[Pen.]は30円を払うことができない。よって、[Pen.]は概念である。30円を払うことができないのだから、生活することはできない」
「[edi]に30円を払えない=生活できない、という等式は論理的に言えない。言い過ぎではないか?」
「違う。[Pen.]は概念なのだから、お金を払うことは不可能だ。だから、生活はできない。概念でないならば、お金は払える。また、概念でないことを証明するには[Pen.]は30円返せばよい。そうして、[Pen.]は初めて真実だということになる」
「仮に[edi]の仮定、『[Pen.]は概念であって真実ではない』が正しいとしても、僕は全く不自由してない。たとえ僕が概念だとしても、概念でない者と同じように生活することが現にできているし、そう考えると、僕は全く真実であることを証明する必要があるようには思えない。だから、僕は[edi]に30円を返す必要がない」
そして、一瞬の沈黙。
「で、30円返せ」
「全く説得力ないし」

今日のところは[Pen.]の勝利!!
よし。一勝。
次回はどのようなロジカル・バトルが繰り広げられるのか?楽しみです。


21:47  |  論理学-math  |  TB(0)  |  CM(1)  |  EDIT  |  Top↑

2008.05.22 (Thu)

鳩ノ巣原理

リンクは、頼まれたら拒みませんし、また人のブログからのリンクも拒むことはありません。
ただし、ご一報はくださいね。把握が困難になってしまうので。
リンクしてくれた、又はリンクさせていただいたみなさん、ありがとうございました。
これからも受付中です。
鳩ノ巣原理ですね。部屋割り論法とも言います。例の教科書ならcoffee breakに載っていたのですが。そこでは、分数を小数に直したときの値は、必ず有限小数又は循環小数であることを示していましたね。

早速問題です。解いてみてください。

「1から1999までの1000個の奇数がある。この奇数のうち、任意の501個の奇数を選んだとき、必ず異なる2数の和が2000になる奇数の組が存在することを示せ。」

簡単ですね。次のような証明です。

(証明)
1から1999までの1000個の奇数の中で、異なる2数の和が2000になる奇数の組(x,y)は、
(1,1999),(3,1997),(5,1995),・・・,(999,1001)の全部で500組存在する。
(定員2羽の鳩の巣が500個存在している。)
今、501個の奇数を選んだので、鳩の巣原理より、少なくとも一組は足して2000になる組が存在する。
(定員2羽の鳩の巣500個に501羽の鳩を割り振ると、少なくとも1つの鳩の巣には、鳩が2羽入っている。)
(Q.E.D.)

分かりますね?
次の問題です。

「xy平面上に任意にとった異なる5点の格子点が存在している。
この5点のうち、適当な2点の中点は、必ず格子点であることを示せ」

一応補足です。格子点とは、x座標、y座標ともに整数である点です。

(証明)
中点が格子点になるには、適当な2点のx座標の和と、y座標の和のそれぞれが偶数になればいい。
そのためには、適当な二点の座標がどちらも、(偶数,偶数),(奇数,奇数),(奇数,偶数),(偶数,奇数)であればよい。・・・※

ここで、格子点には、座標が(偶数,偶数),(奇数,奇数),(奇数,偶数),(偶数,奇数)の4種類しか存在しない。
(鳩の巣は4つしか存在しない。)
任意の異なる5点を取ったとき、鳩の巣原理より、必ずx座標、y座標の両方の偶奇が一致する点が少なくとも一組存在する。
(4つの鳩の巣に5羽の鳩を振り分ければ、少なくとも1つの鳩の巣には2羽の鳩が入っている。)

よって、※より、適当な2点の中点は、必ず格子点である。
(Q.E.D.)


実際に使えそうですか?鳩ノ巣原理。
何度も書きましたが、基本的な考え方はこうです。
「n個の鳩の巣に、n+1羽以上の鳩を振り分けたとき、必ず2羽以上入る鳩の巣が、少なくとも1つ存在する。」

分かりますね。この感覚は常識ですね。

それでは、最後の問題です。

「あるパーティーの参加者の知り合いの人数を調べたとき、必ず知り合いの人数が同じ人が一組以上存在することを示せ。ただし、AがBを知っているとき、必ずBもAを知っており、また、AがBを知らないとき、必ずBもAを知らないものとする。」

ちゃーんと理解していれば簡単な問題ですね。追記部分に答えです。
リンク募集中
オリンピックが終わるまでは当分これです。
18:15  |  論理学-math  |  TB(0)  |  CM(3)  |  EDIT  |  Top↑

2008.05.21 (Wed)

噂の論理

〔注意事項〕をご覧ください。(携帯の方はこちら

交流掲示板<http://penpenpensama.hp.infoseek.co.jp/Go.html>

問題1.船長様の命令です
問題2.二つのダイイング・メッセージ
主に、論理の回、得に地球破壊爆弾とBeginningが分かりやすい、という私は、ずっと前に、
命題「Aが風邪を引いているときにはBは風邪を引いていない」が真のとき、命題「Bが風邪を引いているときにはAは風邪を引いていない」は真か?
と言う問題を出しましたね。(ちなみに、確率の回(箱)も分かりやすいというコメントをいただきました。)

分かる人には分かるのですが、分からない人は、「必ずしも真とは言えない」とか言いそうです。つまり、偽ですね。

よーくみてください。分かりませんか?

ならヒント。

「命題『p⇒q』と、命題『qでない⇒pでない』の真偽は一致する」
つまり、もとの命題とその対偶の真偽は一致するということです。

もう分かりましたね?

上の命題で、
「p」にあたるのが、「Aが風邪を引いている」
「q」にあたるのが、「Bが風邪を引いていない」

よって、
「pでない」は、「Aが風邪を引いていない」
「qでない」は、「Bが風邪を引いていない」

なので、
「p⇒q」は、「Aが風邪を引いているときにはBは風邪を引いていない」
「qでない⇒pでない」は、「Bが風邪を引いているときにはAは風邪を引いていない」

「p⇒q」は真であるというのが条件なので、その対偶、「qでない⇒pでない」も真です。

だから、上の問題の答えは、ですよ。


そんなことはどうでもいいとして、論理にはどのような記号を使うのか?ということを今回は書こうと思います。

たとえば、「p⇒q」の対偶、「qでない⇒pでない」。
これを記号で書くと、
「¬q⇒¬p」
¬という記号は、「~でない」と言う意味です。

二つの命題、A,Bがあるとき、
「AまたはB」
というのは、
「A∨B」
と表します。

「AかつB」
は、
「A∧B」
です。

ちなみに、
「全ての」は「∀」と表します。
あと、存在を表す、つまり、「ある」という記号は「∃」を使います。
(あるXは2X=4を満たす、の「ある」です。)

ちなみに、「∀」という記号は、英語の「all」や「any」ではなく、ドイツ語の「alle」からきたようです。

・・・ということで、今回は半分ほど雑談でしたね。ではまた。

↓↓雑談も楽しいよ!↓↓
18:04  |  論理学-math  |  TB(0)  |  CM(2)  |  EDIT  |  Top↑

2008.05.17 (Sat)

無限降下法

フェルマーは、「フェルマーの最終定理」を証明することはしていませんでしたが、
X4+Y4=Z4
を満たす自然数(X,Y,Z)の組が存在しないことの証明はしていました。これの証明はここに書くことも可能で、ややこしくはありますが、理解ができないほど難しいものでもありません。

よって、これと似た問題を出します。
ヒントなしに解けるでしょうか?
「Xn+2Yn=4Znを満たす自然数(X,Y,Z)の組は、
n≧3の場合において存在しないことを示せ」


フェルマーの最終定理と似ていますが、こちらはすぐに証明ができます。

すこし考えてみましょう。
あなたはどうやって証明しようとするでしょうか?


まさか、直接真正面から証明しようとなんて思わないですよね?
そんなことしたら時間がいくらあっても足りません。

普通は、「存在する」と仮定すると矛盾することを導く、つまり、背理法が用いられるわけです。しかし、では、n≧3の場合においても存在するとして、どのように矛盾を導くか?

そこで登場するのが、無限降下法です。
内容説明は後です。有無を言わず次の証明をご覧ください。

(証明)
「Xn+2Yn=4Znを満たす自然数(X,Y,Z)の組は、n≧3の場合においても存在する」と仮定する。
2Ynと4Znは、明らかに偶数なので、Xnも偶数。
(∵偶数には偶数を足さないと和が偶数にならない)
Xnが偶数なので、Xも偶数。

よって、X=2X’となる自然数X’が存在する。

これより、与式は
(2X’)n+2Yn=4Zn
つまり、
2nX’n+2Yn=4Znと書き換えられる。

両辺を2で割ると、
2n-1X’n+Yn=2Zn ・・・式1
2n-1X’nと2Znは明らかに偶数なので、Ynも偶数。
Ynが偶数なので、Yも偶数。
よって、Y=2Y’となる自然数Y’が存在する。

これより、式1は、
2n-1X’n+2nY’n=2Znと書き換えられる。

両辺を2で割ると、
2n-2X’n+2n-1Y’n=Zn ・・・式2
2n-2X’nと2n-1Y’nは、明らかに偶数なので、Znも偶数。
Znが偶数なので、Zも偶数。

よって、Z=2Z’となる自然数Z’が存在する。

これより、式2は、
2n-2X’n+2n-1Y’n=2nZ’nと書き換えられる。

この式を2n-2で割ると、

X’n+2Y’n=4Z’n

よって、
Xn+2Yn=4Znを自然数の組(X,Y,Z)が満たすとき、
自然数(X/2k,Y/2k,Z/2k)の組も与式を満たすことになる。

(ただし、kは自然数)
しかし、X,Y,Zそれぞれより小さい自然数は有限個しかなく、
kの値を大きくすると、
X/2k,Y/2k,Z/2kの値は自然数でなくなってしまうので矛盾。
よって、示された。

(Q.E.D.)

つまり、無限降下法とは、
「ある自然数より小さい自然数は有限個しかない。
そこで、ある仮定をし、それをある自然数nが満たすとする。
そこから、nをどこまでも小さくしていくことができるという結論が出たとする。
しかし、実際には自然数nはどこまで無限に小さくすることは不可能である。
ゆえに、ある仮定は間違いである」

というような証明です。
分かりましたか?




18:09  |  論理学-math  |  TB(0)  |  CM(2)  |  EDIT  |  Top↑

2008.05.02 (Fri)

地球破壊爆弾

「ドラえもんが、現代で地球破壊爆弾を使用してしまいました。
『地球破壊爆弾』を使用すると、100%の確率で地球は破壊され、滅びてしまいます。
このとき、問題点を述べなさい。」

いきなりで、大雑把過ぎますね。
問題点と言われても、色々な視座から見れば、様々な問題点が浮上してくるとは思いますが、今回、僕が言いたいのはパラドックスです。

つまり、こういうことです。

「『地球破壊爆弾』は22世紀の地球で製造された。 
 それを21世紀である現代で使用してしまうと、当然のごとく22世紀には地球は存在しない。
 すると、『地球破壊爆弾』は製造されることもない。
 つまり、『地球破壊爆弾』は存在しないことになる。
 しかし、現に地球は『地球破壊爆弾』によって破壊されている。
 ということは、『地球破壊爆弾』は存在したということとなる。
 つまり、『地球破壊爆弾』が製造されたということなので、22世紀に地球は存在する。
 しかし、21世紀である現代に地球が破壊されてしまい、22世紀の地球は存在しない。
 すると、・・・・・」


いつ終わるんでしょうか?
一度ドラえもんは「地球破壊爆弾」を使いかけていたことがありましたが、使わなくてよかったですね。本当によかった・・・。


よくあるのは、過去に戻って自分の先祖を自分で殺してしまう。
同じようなことになりますね。


パラドックスというものは、少し考えないと、混乱してしまうようなものです。
次のような面白いものもあります。

「19文字以内で記述できない最小の自然数」は何か?

「ベリーのパラドックス」です。何がパラドックスか分かりますか?
分からなければ、10000000000000000000とでも答えそうですね。20桁の数字です。
しかし、条件にあう数は、次で言い表せてしまいます。

「『19文字以内で記述できない最小の自然数』とは、『19文字以内で記述できない最小の自然数』である」
と言ってしまえばいいのです。間違ってませんよね?

で、ここで問題が発生しました。「19文字以内で記述できない最小の自然数」とは、19文字で記述された文章です。

そうです。
「19文字以内で記述できない最小の自然数」が、19文字で記述できてしまえたのです!!

他にもあります。
ある規則、「例外のない規則はない」
まず、この規則に例外があるとすると、それは「例外のない規則がある」ということになり、これは明らかに矛盾。
そこで、この規則に例外がないとすると、それ自体がこの規則自体と矛盾しますね。

パラドックスです。

一度深く考えたことがあるのが、次の文章です。

「この命題は偽である」

「私は嘘つきだ」と同じように、これもすぐにパラドックスだということができますね。
「この命題」が真のとき、明らかに矛盾。
ところが、「この命題」が偽のとき、「この命題」は真ということになってしまい、これも矛盾。(命題の場合、偽でなければ真です)


しかし、これだけで納得できなかった僕は、次のように考えたのです。
18:23  |  論理学-math  |  TB(0)  |  CM(6)  |  EDIT  |  Top↑

2008.04.18 (Fri)

Beginning

小学生の低学年の頃、僕は
「なぜ算数に図形があるのか?」
と思っていました。
「しかく」がどうした?「さんかく」がどうした?「まる」がどうした??

しかし、高学年になり、「面積」を習い、ようやく納得する事ができました。

いや、これ確かに算数だ。
あの頃の「しかく」「さんかく」「まる」はこのための下準備だったのか~

そして、次に思ったのが、
「なぜ数学に論理があるのか?」
嘘つき者と正直者、とかそんなものです。

しかし、このことも色々な本を読んだり、勉強したりで解決しました。
そこで思った事。
「数学は、とても広い分野の勉強である」
広すぎます。
論理的な人間になるには、国語力だけでは足りない。数学力がいる。
理科ができるようになるにも、数学ができなければならない。
(しかしこれは本当に真なのであろうか?理科から生まれた数学の分野も確かに存在している。)


論理という言葉を使ったので、今回はそれについて話したいと思います。

僕は、論理の本を読んでいて、とても驚いたことが2つあります。どちらもよく考えれば当たり前なのですが、考えた事も無かった・・・

一つ目。
「命題『PならばQである』と、『Pでない、あるいは、Qである』は同値である。」
おぉ~

検証してみましょう。
まず、PとQの相互関係から。
それは、次のような表になります。




i
ii
iii
iv
P
Q

このうち、
命題「PならばQである」
が真となるのは、
i・iii・ivです。
iの場合、明らかに真ですね。
iiの場合は、「Pである」のに「Qでない」から偽です。

iii・ivの場合は、Pが偽です。仮定の部分が偽だと、結論がどうであれ、その命題は真になります。
たとえば、命題「人間に羽が生えているならば、人間は犬である」
意味不明ですね。そんな事はどうでもいいです。
仮定部分は、「人間に羽が生えている」です。これ、偽ですね?
「人間に羽は生えていないだろう」、と、こういうわけです。
人間に羽は生えていないのだから、上の命題「人間に羽が生えているならば、人間は犬である」
は別に嘘はついてませんよね?人間に羽は生えていないのですから。
偽でないのだから、真です。
(少し説明不足ですね。「偽でない=真」とは一概には言えません。まあ、これは命題なので、そうなるのも当たり前なのですが。。。)

ということで、PとQが上の表のi・iii・ivの関係であるとき、命題「PならばQである」は真となるのです。



それでは、「Pでない、あるいは、Qである」を見てみましょう。
これは、「Pでない」すなわち、Pが偽であるときの、iii・iv、
そして、「Qである」すなわち、Qが真であるときの、i・iii、
この2パターンを表しています。
よって、「Pでない、あるいは、Qである」というのは、i・iii・ivの3パターンを指し示しているのです。


ここで分かりました。
命題「人間に羽が生えているならば、人間は犬である」も、
「Pでない、あるいは、Qである」も、どちらもi・iii・ivの場合を指し示す事になるのですね。
だから、「論理的に同値」なのです。


長くなりました。それでは、二つ目です。

次の例題を解いてみてください。
「ここに、Aと書いたカードが2枚、Bと書いたカードが1枚ある。これらのカードは裏返せば見分けがつかなくなっている。
そこで、太郎と次郎はゲームをした。太郎がこれらの3枚のカードの内、次郎の前に一枚のカードを裏を向けて置いた。そして、太郎は残った2枚のカードの内から一枚を選びだし、次郎にだけこっそりと見せた。すると、次郎は、『自分の前に置かれたカードに何が書いてあるのか分かった』と言った。さて、次郎の前に置かれたカードには何が書いてあったのだろうか?」


この問題を見た人は、こう答えるでしょう。
「次郎の前に置かれたカードにはAと書いてある」
と。

理由は簡単です。
もし、太郎が次郎に見せたカードに、もしAと書いてあったら、残りの2枚のカードはAとBが1枚ずつで、次郎の前に置かれたカードがどちらかは分からないはずです。
しかし、次郎が「わかった」と言ったのだから、太郎は次郎にBと書かれたカードを見せたはず。そうすれば、残り2枚のカードはどちらもAなので、次郎の前に置かれたカードにも、Aと書いてあると分かるはずなのです。

しかし、果たしてそうなのでしょうか?

結論から言います。答えは、「Aとは限らない(分からない)」です。

??

こう思うでしょう。しかし、よく考えてみてください。次郎の知能はあなたと同じレベルなのでしょうか?ただ、次郎は何も考えずに「わかった」と言ったのかもしれないし、また、それとは全く別の考えにふけっていたのかもしれません。

そうです。上の一般的な解答を見ても分かるでしょう。「はず」という言葉が多用されています。
人の頭の中など、分かるはずがありません。だから、人の考えをもとにした答えは、単なる憶測にすぎません。断定はできないのです。


論理とは、面白い。そう思いました。
次回は、論理からは離れようと思います。
今日は初めてなのにもかかわらず、長く書いてしまいました。

ここまで読んでくださって、ありがとうございました。これからも、どうぞよろしくお願いします。


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