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2010.04.17 (Sat)

課題曲レポート ”迷走するサラバンド” ―朝日作曲賞―

今回も朝日作曲賞です。
以前、「朝日作曲賞に輝いた作品を順番に見ていこうと思います。」と言いましたが、前回は第一回朝日作曲賞受賞作品を取り上げ、今回は第二十回朝日作曲賞受賞作品と、「順番になっていないじゃないか」という人もいらっしゃると思いますが、

誰も受賞した順番だなんて言っていません。

僕が取り上げたいと思ったものを順番に見ていくのです。
詭弁だなんて言わないでください。

・・・ということはさておき、今回は、広瀬正憲氏による、2010年の課題曲I

迷走するサラバンド

です。


(基本的には聴いただけでの印象を述べます)

朝日作曲賞受賞作品の題名だけが発表された当初は、間違いなく3拍子のそれこそ「サラバンド」だと思っていたのですが、会報「すいそうがく」に掲載された作曲者のエッセイを読むと、それも疑わしくなってきて、それから聴いたこの曲はかなり衝撃的でした。

 「迷走するサラバンド」は、サラバンドの
発生の源泉にある人々の「喜び」「悲しみ」
「祈り」、そして「生と死」の歌や踊りが、長
い歴史の中で翻弄され、変質しつつ進化した
軌跡を表現しようと試みた作品です。
(「すいそうがく」2010年1月号より)


そういえば、後藤洋氏の「カドリーユ(1983年課題曲C)」という曲も、
その曲はカドリーユという舞曲そのものとは関係なく、カドリーユは四人一組で踊られることから「4つの構成要素をもつ舞曲風音楽」を示す
・・・みたいなこともありましたし。行進曲といえども、行進するための曲ではなく、行進の様子を描写した曲、というものもありますし。

ややこしいですね。

本題に戻ります。


前回の朝日作曲賞受賞作品「16世紀のシャンソンによる変奏曲」とは正反対のイメージです。

あちらの曲は、楽器をとても繊細に使い、音色の対比というのがものすごく印象的でした。そして、ところどころで小編成のアンサンブルが重視され、対位法的な旋律の絡み合いというものが多用されていました。ダブルリードやコントラバスがあれほど活躍する課題曲も、最近では珍しいのでは。


それに比べ、今回の曲は、音色でのキャラクターの対比はほとんどありません。リズムとパッセージといった構造が一番のポイントですね。
そういう意味では、サックスの扱いは特別です。この曲の中で、最も表情が豊かなのはサックスでしょう。サックスの可能性、再発見です。

サックスが静かに、美しく、この曲で最も重要な動機(1)を奏で始めたと思ったら、シロフォンの合図とともに、三連符を伴ったこれまた重要な動機(2)が提示されます。そして、この三連符は、リズムの動機としてもとても重要です。

基本的にこの曲は全体を通してこの二つの動機ですね。

テンポが上がって5拍子になってからのトランペットは主に三連符のリズムを打っていくパートで、乱暴になりがちだと思います。この加減は難しいところだと思います。

前々から思っているのですが、こういう曲のシロフォンってよく響いている上に、ずれるとすぐにばれる。それも、ウッドブロックと同時に音が鳴るところなど、これら二つの楽器を別々の二人の奏者が担当していたら絶対にずれますよね。
「架空の伝説のための前奏曲」でもウッドブロックとシロフォンは一人で担当するのが普通でしたし。


「迷走するサラバンド」の中間部、これは旋律が(1)の形ですね。サラバンドになって、ユーフォニウムなどの対旋律は思いっ切り(2)ですね。

中間部は十分歌うことができますし(歌いすぎるとそれはそれでおかしなことになりそうですが)、三和音が基本ですので、取り組みやすく、個性が出やすいのもこの部分だと思うのですが、やはり5拍子の出来が勝負ではないでしょうか?
それにしても、ホルンが歌い上げていますね。ホルンとサックスって本当に木管とも金管とも相性がいいですね。

再現部からは、編成にも厚みがまして、本当にクライマックスですね。これまでに登場した他のパッセージもところどころに現れます。
「サラバンドは、このような歴史をたどり、進化を遂げていったのです」といったところでしょうか?

考えて音楽を作り上げないと、淡々とした面白くない、ただ暴力的な演奏にもなりかねません。どれだけ中間部が綺麗でも、「収拾のつかない音楽」のような印象を与えてしまうかもしれません。
楽器のキャラクターよりも、自分の受け持っているパッセージの持つキャラクターに注意して音楽を組み立てていくべきです。

この曲、完成すると、打楽器も含んで、それぞれの団体の一体感を存分に感じることができるのではないのでしょうか?

最後のピッコロ。
「藝術は決して完成することはない」
みたいな?

この終わり方はまた絶妙ですね。
このなんともはっきりしない終わり方から、逆に充足感が感じられます。
ここをきっぱりと終わらせてしまうと、それこそ腑に落ちない終わり方になったのではないでしょうか?


以上、素人ながらの雑感でした。
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